世界的な資源価格の下落が止まりません。特に産業に直結する鉄鉱石や石炭など価格は暴落に近い流れになっています。また銅や石油などの価格も低迷しています。一方で世界の株式市場もみると堅調で米国株やインド株などは史上最高値を更新中ですし、不況にあえぐ欧州や消費税増税後の景気の先行き懸念がささやかれてきた日本株も堅調な動きです。従来であれば、世界的に株式市場がこれだけ堅調であれば、先行きの景気回復をはやして商品価格も高くなっていくのが当たり前です。何故商品価格は下がり続けるのか、このような情勢の中で資源メジャーと言われる世界に冠たる資源会社はどのような先行きの見通しと今後の経営戦略を持っているのでしょうか?

新興国全体の景気失速が世界的な資源価格に影響

 資源価格が下がり続ける背景については拙著やこのレポートでも何度も指摘してきました。基本的に中国経済の減速をはじめとする新興国全体の景気失速が世界的な資源価格に影響を与えているのは明らかでしょう。しかし驚くべきことはこのような中国の景気減速、それに伴う資源価格の下落を予想しながら一向に減産せずにかえって増産を繰り返す資源メジャーの経営姿勢です。自分たちの生産した物が余って値段が下がっているのに更に増産すれば値段の下げに拍車がかかるのは当然のことなのに、資源メジャーは公然と増産に打って出ているではないですか、彼らは何を考えているのか、資源メジャーの思惑とその秘められた狙いを考えてみましょう。

 資源価格の中でも特に値下がりが酷いのは鉄を作る原料となる鉄鉱石と石炭です。鉄鉱石のスポット価格はここにきて安値を更新、1トン当たり89ドルと昨年末の140ドルから4割近い暴落状態です。一方同じく鉄の主原料となる原料炭の価格はここ数年一貫して下げ続け2011年初頭の1トン当たり330ドルから現在では120ドルとおよそ3分の1近い値段にまで暴落しているのです。

 もちろん中国経済の減速が鉄鋼の需要を冷やし、ひいては生産量が減って、鉄鋼原料となる鉄鉱石や原料炭の値段に影響が及んでいるわけです。何しろ2000年に入ってからの中国経済の発展の速度は目覚ましくインフラの全国的な整備から鉄鋼需要は毎年二ケタ成長の勢いで伸び続けたわけです。こうして伸び続けた鉄鋼需要をまかなうために中国での鉄鋼生産も伸び続け、今や中国の鉄鋼生産量は世界の生産量の半分を占めるに至ったわけです。こうなれば中国経済が少しでも変調になれば鉄鋼生産やそれに関連する資源価格に激震が走るのは当然です。

日本の鉄鋼最大手、新日鉄住金の進藤社長によると<鉄鋼の設備能力は世界で年間約20億トンあり、5億トンが過剰とされる、そのうち3億トンが中国の過剰>というわけです。そして中国ではさすがに当局が鉄鋼設備の過剰を削減しようと動き出しているわけですが、政治的な問題もあってうまくいっていないのです。雇用問題が絡んでくるからです。地方の主要な産業である鉄鋼産業を縮小すれば雇用に甚大な影響が及びます。そのため中国では鉄鋼生産は過剰と知りながらも生産を続けている現状があるのです。勢い中国国内でさばき切れずに余った鉄鋼は東南アジアや日本をはじめ周辺地域に安値輸出されるということになります。これが更に鉄鋼価格の下げを引き起こすという悪循環を誘発しているわけです。

 こんな中、鉄鉱石や原料炭の価格が下がるのは当然で、私も拙著でゴールドマンサックスのアナリストが<商品のスーパーサイクルの終焉>ということで今後商品価格が下げ続けるというレポートを出していることを指摘、その考えを紹介してきました。

市況など配慮せず増産を続ける資源メジャー

 ところが驚くべきことは、このような実情を見ながら一向に市況など配慮せず増産を続ける資源メジャーです。鉄の原料である鉄鉱石は資源メジャーである英豪のBHPビリトン、リオ・ティント、ブラジルのヴァーレの3社にほとんど寡占されている状態です。彼らは2000年以降の資源価格の高騰によって天文学的な利益を上げ続けてきました。ところがここにきて資源価格の下落で収益を一気に落としてきています。8月5日リオ・ティントのサム・ウォルシュCEOは日経新聞の取材に応じて鉄鉱石について<今後も増産を続ける>と明言したのです。2014年度は過去最高だった昨年よりも11%多い2億9500万トンを生産するというのです。リオ・ティントは来年に向けてオーストラリア西部で増産、更に2018年にはギニアで大規模な鉄鉱山が操業を開始するというのです。市況の動向などお構いなしという姿勢です。

 一方同じく資源メジャーのBHPビリトンは8月19日、会社の分割を発表、非中核事業を切り離して、本体は中核事業に特化するというのです。中核事業とはもちろん鉄鉱石と石炭や銅、石油です。このBHPビリトンもリオ・ティントと同じく鉄鉱石を増産中です。2014年6月期通期の生産量は前期比20%増の2億2500万トンとなったのです。リオ・ティントもBHPビリトンも常軌を逸しているとしか言いようがありません。誰の目にも明らかに過剰で、生産がピークを打ち、中国経済の先行きが懸念され、その過剰な中国経済の象徴である鉄鋼生産に絡んだ鉄鉱石や原料炭を増産して、市況を大きく崩して何の利益があるというのでしょうか?

 しかし驚くべきことにこれこそが彼ら資源メジャーの真骨頂なのです。圧倒的な力を有する資源メジャーだからこそできる究極の戦略なのです。彼らは最終的にはこの鉄鉱石と原料炭の供給の全てを握ってしまおうと画策しているに違いありません。

 彼ら資源メジャーは長期的な視野で自らの戦略を立案しています。彼らにとってはライバルを徹底的に排除して世界の鉄鉱石と原料炭の流通を完全に寡占化させ支配下に置くことが最終的な目的です。そのためには現在のような、いわゆる資源不況の環境は、ライバルを追い落とすための絶好の機会なのです。だから彼らは中国経済が減速することも承知、更に鉄鉱石や原料炭の価格は下がることも承知の上でその傾向に拍車をかけさせ、これらの価格を更に下落させることによって、世界の中小の鉱山を経営危機に陥らせ、結果的に権益の売却や鉱山閉鎖に追い込んでいこうという試みでしょう。<肉を切らして骨を断つ>不況ほど将来に向けたチャンスの芽が広がっているのです。こうして資源メジャーは寡占を更に完璧にすることで世界を完全に支配できるのです。彼らほど寡占のうまみを分かっている企業はないでしょう。

 リオ・ティントのサム・ウォルシュCEOは日経新聞とのインタビューでは下落が続く鉄鉱石の相場の見通しについて答えていません。自らの増産が鉄鉱石の価格下落を作っていることは明らかですが、そんなことはおくびにも出さずに鉄鉱石価格については現在の価格を正当化する意見を披露して<現状価格が低いと言い切るつもりはない。鉄鉱石の価格がトン当たり20ドルだった時代を覚えているからだ>と述べています。リオ・ティントはオーストラリアの鉱山では鉱山からの自動運転での鉄鉱石の搬入、また自動操業でのシステムも着々と構築しつつあります。この過酷な鉱山では人のいらない自動運転のトラックが鉄鉱石の搬入を始めているのです。こうして最先端の技術を駆使して生産を継続することによってリオ・ティントの鉄鉱石の生産コストはトン当たり40ドル、世界最低水準と言われているのです。これでは価格がいくら下がろうと気にすることはありません。自らの体力に物を言わせてこんなチャンスに中小の鉱山を倒産に追い込んでいくのが先を見た戦略というものでしょう。

 BHPビリトンも同じです。本体の事業を中核にしぼりリオ・ティントと同じような低コストでの生産に更に磨きをかけていこうという作戦です。現実にBHPビリトンの2014年6月期の決算では純利益は23%増の138億ドル(約1兆4000億円)となりました。鉄鉱石の価格が下がっているのに利益が増えた背景は増産による利益拡大によるものなのです。

 一方で世界の鉱山会社や資源関連の会社は悲鳴を上げています。中国などの中小の鉱山は今の鉄鉱石や原料炭の値段ではとてもコスト的に太刀打ちできません。操業すればするほど赤字が膨らむだけです。中小の鉱山は次々と廃鉱に追い込まれています。この鉱山のたちの悪いことは一度廃鉱になると再開が難しくなるということです。鉱山は開発するのにも時間がかかり、再開するのにも時間がかかります。一度閉めるということは永遠に再開できない可能性も高いわけです。こうして資源メジャーの思惑通り寡占化が更に一掃進んでいくわけです。

日本の大手総合商社は減損を計上 

日本の企業の例外ではありません。三菱商事や三井物産など日本の大手総合商社5社は2013年度に原料炭がらみで合計870億円の減損を計上しました。資源価格の下落は酷く資源権益の減損はとてもこれだけの損失計上では終わらないと言われています。この流れを受け大手商社は資源権益を手放して非資源に資金をシフトさせようとしています。というのも商社各社は今まで積極的に資源権益を取得してきて資源価格の高騰からそれらの資産からくる収益や値上がりで大きな利益を得てきたのですが、ここにきての世界的な資源価格の下落から先行きの見通しが難しくなり、これでは資産の効率的な運用ができないというわけで、現在次々と資源権益を売りに出しているのです。伊藤忠商事と住友商事はオーストラリアの石炭権益の売却の検討を始めました。今後の中国経済の動向を考えれば当然の判断とも思いますが、やはり資源メジャーのような経営戦略をとるわけにもいかないでしょう。

 資源は有限であって取りつくせば二度と手に入ることはありません。そういう意味では世界は今のところ中国をはじめとした新興国は成長の勢いを止めていますが、いずれ、インドや東南アジア諸国、そしてアフリカへと発展の波が広がっていく将来を考えれば、やがて資源に脚光が当たってくるのは当然でしょう。しかし普通の企業であればやはり収益重視で数年先の見通しを下に経営計画を立てていくのが当然です。ところが資源メジャーは完全なる世界制覇が戦略の柱です。長いスパンを考えれば今回のような不況時こそ攻めの経営で相手を潰す時なのです。

数年もしないうちに中国不動産バブルの崩壊から中国ショックが起こり資源価格は更に大きく下落する局面が訪れるでしょう。そして資源メジャーはそれを期に完全な権益の独占に成功するでしょう。こうしてやがてはどんな企業や国も資源メジャーにひれ伏す時がやってくるのでしょうか。奇しくもBHPビリトン、リオ・ティント、ヴァーレが同じ戦略でここの資源不況に対応しているのには驚かされるばかりです。