<日銀には金融緩和の手段がまだいろいろ存在している>来日したバーナンキ前FRB議長は首相官邸で安倍総理と懇談して、自説を披露しました。市場にはバーナンキ氏が来日したことで、いわゆるヘリコプターマネーの提案がなされるのではないか、との観測が広がって今週に入って日経平均は3日間で1300円を超える上昇となったのです。ブレグジット後の混乱がうそのように株式市場は沸きました。最も与党が参議院選挙で大勝したり、米国株が史上最高値を付けるなど外部的な環境も追い風模様でした。しかしやはりバーナンキという全世界に知られている高名な前FRB議長が日本の経済金融政策について、提言するということは日本政府ないしは日銀の政策に影響を与えないはずがないわけですから、市場が色めくのも当然だったのです。

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10兆円を超える膨大な額の景気対策

 しかも参議院選挙が終わってこれから政府が新たに景気対策を策定することは既に発表されています。その額も10兆円を超える膨大な額に達すると報道され、しかも今回の景気対策では今まで4年間も封印されてきた赤字国債発行が噂されているわけですから、否応にもヘリコプターマネーへの期待が盛り上がらないわけはありません。日銀の政策会合も月末に控えています。バーナンキ氏はその日銀の黒田総裁とも日銀内で会談したのです。

 市場では外国人投資家を中心としていよいよ日本政府と日銀はバーナンキ氏の提案の下、ヘリコプターマネー政策の実行に打ってでるだろうと期待してきたのです。そのため、今まで日本株に弱気で売り一辺倒だったヘッジファンドをはじめとして一斉に日本株の買戻しに動いてきたと観測されています。

 まさに絶妙な微妙な時期の的を得たバーナンキ氏の来日でした。政府筋は偶然バーナンキ氏の来日が決まった、と言っていますが、そんな言葉を信じる市場関係者はいません。今後の日本政府の方針を決めていくための<おぜん立て>としてバーナンキ氏の来日がこの時点で行われたのは明らかです。

 バーナンキ氏といえば、ヘリコプター・ベンのあだ名のごとく、常軌を逸した金融緩和政策を思い切って実行することで有名です。リーマンショック後、ひん死の状態にあった米国経済をQE1、QE2、QE3という思い切った緩和策を実行することで見事に回復させたのです。その手法は様々な議論はあるものの現実に米国経済が回復したという事実を見れば、見事だったと言うべきでしょう。そのバーナンキ氏が日本の政策にアドバイスを行うというのであれば、これは参考にしないわけにはいきません。

 一般的に考えれば、バーナンキ氏のアドバイスを受けることで、閉塞感にある日本経済のデフレ状況から脱したいと思うのも当然でしょう。表面上から見ればそうですが、実際は安倍政権がやりたい政策があって、その政策に沿って提言することが明らかなバーナンキ氏をタイミング良く招待して、それをマスコミに目いっぱい報道することによって日本の経済政策の今後の方針や日銀の政策をやりやすくしていると思った方がいいでしょう。バーナンキ氏を日本に呼ぶこと自体が実は政治的な思惑があるわけで、目的があって計画されたわけで、今回の来日は日本政府や日銀に演出されていることは間違いないでしょう。

消費税引き上げを先送りすることを実現させるための環境

 今春に決められた消費税引き上げ先送りの決定についても安倍政権は<国際経済金融会合>なる会議を創設してノーベル経済学賞受賞者であるプリンストン大学のクルーグマン教授やコロンビア大学のステグリッツ教授を呼んで、消費税引き上げ先送りの提言を発言させることによって、消費税引き上げを先送りすることを実現させるための環境を作り上げたのです。ノーベル賞とかFRB議長とかのいわゆる世界的な権威を利用して、そこの提言を受けた形にして世論を巧みに誘導して自ら行いたい政策を実現しようとするのは安倍政権の常套手段です。

 市場関係者にはこのような安倍政権や日銀の目論見が見えているので、いよいよ日本もヘリコプターマネー実施か、ないしは大規模な補正予算を組んでそれと同時に日銀が思い切った金融緩和を行って実質ヘリコプターマネーに限りなく近い政策を行おうとしていると確信しているわけです。

 現在の日本がこれほど経済政策に苦慮しているのは円高が止められないからです。昨年の6月は125円だった円相場は今回のブレグジットの影響もありましたが、なんと99円台にまで入って昨年6月から2割以上円高に振れてしまったのです。これではいくら景気回復を目指しても、日銀がインフレ目標を達成しようと奮闘しても、この円高がデフレ傾向を引き起こしてインフレに誘導できるはずもありません。しかし如何にして円安模様に誘導したくてもその方策は難しく日銀も政府も袋小路に陥っていたわけです。

 月末には日銀の会合があるわけですが、これだけ円高が進み、消費者物価も下がってきた状況をみれば、日銀が今まで主張してきたインフレ目標の達成は遥かかなたであって、当然のことながら日銀が追加的な金融緩和を行わなければならない情勢であるのは必至なのです。ところが日銀は現在、苦悩しているのです。表には出しませんし、決して本音は言いませんが、日銀が緩和の手法に苦慮しているのは明らかです。

 2013年4月に行った異次元緩和や2014年10月に行った追加緩和については見事に政策的にはまって大きな効果がありました。ところが今年1月に行ったマイナス金利導入という緩和策は非常に評判が悪く、しかも経済活性化の効果をまったく発揮していないわけです。効果があるどころが、実際起こったことは逆でさらなる円高を招いてしまいました。もちろん日銀の政策がどうというよりも、世界的な環境変化の中で円に資金が逃避して円高模様になってしまったことは日銀だけを責めるわけにはいきません。しかしこのような状況下で99円に至るまでの円高を止めることができていない、ということ一つをみても日銀の政策的な手詰まり感がはっきり見て取れるのです。

 実際、ヘッジファンドは日銀の苦境を見抜いているのです。彼らは日本市場は現在最も動かしやく儲けやすい市場ととらえています。というのも日銀がもはや打つ手がなくなってしまって仮に今回でも緩和を行えば実質的にこれが最後の緩和になることが明らかだからです。日銀の打つ手がなくなれば、あとは円相場については円高にやり放題ですし、株に関しても円高とセットにして動かして売りまくればいいわけです。そうなれば円高、そして株安と思うように日本の市場を動かすことによって簡単に膨大な利益を出すことができるというわけです。また為替介入について、麻生大臣をはじめとして政府高官から様々な口先介入が行われていますが、仮に口先介入でなくて本当の円売り介入を行えば、そのときこそ、日本の政策的な手段が尽きる時と考えていて、ある意味、ヘッジファンドが考えていたことは日本政府や日銀の最終的な動きを待って、それを見極めてから、円高株安の本格的な仕掛けを行おうと手ぐすね引いて待っていたわけです。ですから日銀もやたらなタイミングで追加的な緩和を行えないという事情もありました。打つ手がなくなってきているし、その事実を投機筋に見透かされているということは当事者の日銀が一番意識していたことかもしれません。緩和を行っても一時的な効果しかなく、その後市場が円高をはじめとして収集のつかないような状態になってはまさに日銀の大失策と言われかねません。また市場というものは一方方向に動いていくとその方向に更に相場を動かすような様々な材料が噴出してきて相場の流れを止めることが余計に難しくなるものなのです。

 ブレグジットで英国がEUから離脱するというような予想外の事態になったり、それを受けて上がるはずだった米国の金利が上げられなくなったということで、ますます円高への動きが強まってきていたわけです。

 このような環境下にあっては何か劇的な変化を起こさなければ市場の雰囲気とか流れを変えることが難しいわけです。まさに日本政府も日銀も八方塞がりの状態だったのです。そこで今回のある種、大胆な猿芝居が計画されたとみた方がいいでしょう。

 バーナンキ氏のニックネームであるヘリコプター・ベンのイメージを大きく利用したわけです。仕掛けは安倍政権のブレインである前参与の本田悦朗氏や浜田エール大学教授と思われます。本田氏は安倍総理に<今をおいてヘリコプターマネーに踏み込むチャンスはない>と提言したといわれています。本田氏は今年4月バーナンキ氏と会って永久国債発行のアイデアを紹介されたということです。バーナンキ氏は日本が再びデフレに陥るリスクを指摘して、これに対応するために、政府が市場性のない永久国債を発行して日銀がそれを引き受けることを提案したというのです。永久国債とは返す必要のない<ある時払いの催促なし>のような借金ですからこれを日銀が引き受けるということは日銀が紙幣を印刷して政府にプレゼントするのと同じことです。一種のヘリコプターマネーですが、それの具体的なやり方を伝授したわけです。まさに中央銀行総裁としてのキャリアから日本におけるデフレ脱却の実務的なやり方を教えたわけです。本田氏はこのアイデアを聞いて即座に<安倍首相に会ってもらいたい>とバーナンキ氏に要請したと言っています。

 こうしてバーナンキ氏の来日と安倍首相との会談がセットされたというわけです。会談においてバーナンキ氏に同席した浜田エール大学教授は制度としてのヘリコプターマネー導入はインフレに対する歯止めがなくなるとして反対ということです。しかし財政政策と金融政策を近いタイミングで発動する協力は行われてもいいと言っています。仮に日本政府が今回10兆円を超える補正予算を編成してその財源として日銀が追加緩和で国債購入額を増額すれば、まさに浜田教授の言う財政政策と金融政策の協力と言えます。普通はこのようなケースはヘリコプターマネーの典型的な実施法と言えるのです。浜田教授は財政政策と金融政策をほぼ同時に行うような政策が一回か二回ぐらいは行われてもいいのではないか、と言っています。これは言葉を変えれば<典型的なヘリコプターマネー政策導入を一回か二回ぐらいならやっても良いいよ>ということです。癖になって何度も行ってはいけないと釘を刺しているものの、ヘリコプターマネー政策を否定していません。今回のバーナンキ氏の日銀訪問ではバーナンキ氏が黒田総裁に永久国債のアイデアを披露したことは間違いないでしょう。

日銀による年間80兆円に上る国債買い付け

 現在も日本の財政状況と国債発行額、日銀による年間80兆円に上る国債買い付けを考えれば、日本は実質的にヘリコプターマネー政策を行っていると言えるでしょう。しかしながらそれでも円安にならないわけです。簡単に言えばもっと激しくヘリコプターマネー政策を加速させなければ円相場を円安に誘導することはできないのです。これは他の国がもっと放漫な金融政策を行っていたり、今回の英国のように政治的な混乱になったり、と世界中の多くの国々は日本よりも遥かに厳しい情勢下にあるということが深く影響しているものと思われます。今や世界を見渡しても先進国で政治的に最も安定しているのは日本です。成長率は低いですが国民は膨大な預金を持ち、国内は混乱もなく経常収支は大黒字で企業の財務体質も盤石です。市場がリスク回避模様となれば、自動的に円が買われるのは今では世界の投資家の当たり前の投資行動になっています。

 このような中、今回のようにブレグジットが起き、英国が混乱状態に陥って、それに影響されてユーロ圏諸国も先行きが見えず、中国経済は減速が必至で、ロシアやブラジルなど資源国も苦境となれば、安定した投資先は米国か日本くらいしかありません。このような環境下、どうしても円高の圧力がかかり続けるわけです。そして日銀としても緩和の手段はマイナス金利導入まで行って、いよいよ万策尽きたというところまで来ていました。もっとも黒田総裁は<緩和方法はいくらでもある>と豪語していましたが、もはや誰も市場関係者は日銀の強弁を信用しないところまできていたわけです。

 そこで今回のバーナンキ氏の来日と、また新しく最後の手段でもあるヘリコプターマネー政策の実施をほのめかしたことは市場関係者のマインドを変化させたといえるでしょう。面白いことに本田氏や浜田教授がマスコミに何度も登場してヘリコプターマネー政策を宣伝するわけです。明らかに世論を誘導しようとしています。さすがに借金がGDPの250%にも及ぶ日本国がヘリコプターマネーでも行うものなら、円相場は怖くて買い上がることはできません。これが狙いです。何とか円高を止めたいわけです。日本は財政がどうにもならないのにヘリコプターマネー政策のようなとんでもない政策を行っている、という風な、<日本は財政再建を放棄した>というイメージを投資家に与えることが重要なのです。そうなれば円相場が円安方向へ動きます。実際の政策を行うよりも、<日銀はヘリコプターマネー政策まで行うのか!>と思わせることが大事です。<日本政府はそこまでやるのか!>と一時的に日本の信用を落とさせて円安に誘導するのです。信用が落ちすぎてしまって円安が止まらなくなっては一大事ですが、現在はとてもそのような情勢ではありません。今、最も優先すべき政策はヘッジファンドをはじめとした国内外の投資家の円買いを封じさせることなのです。

 <中央銀行の仕事の98%まではトーク>と如何に世論誘導が大事かということをバーナンキ氏は述べています。バーナンキ流に言えば現在日本で最も大事な事は<円高傾向が止まらなければ日銀はあらゆることを行う覚悟であって、もちろん空からお金をまき散らすヘリコプターマネー政策だって平気で行うよ!>と投資家に思わせることなのです。かつてECB総裁のドラギ氏が<ユーロを守るためなら何だってやる!>と発言したように、日銀の黒田総裁も平気で<ヘリコプターマネー政策を行うぞ!>と市場を驚愕させなければならないのです。本当にやる必要はない、ただ市場を畏怖させ、中央銀行の政策について脅えさせなくてはなりません。今月末日銀の政策会合では出来得る限りの思い切った緩和措置が実行されるでしょう。政府の補正予算の大盤振る舞いと共に膨大な赤字国債発行もアナウンスされるでしょう。そしてそれを日銀が目いっぱいサポートするのです。決してヘリコプターマネー政策を行ったとは言わないでしょうが、市場がそして世間が<日本はついにヘリコプターマネー政策に足を踏み入れた>と論評するところまでは政策的なアクセルを踏み込む必要があります。感のいい外国人投資家はもはや決して円を買い上がることもできず日本株を売りたたくこともできないでしょう。月末まで政府によるどのような景気対策が出てくるか、そして日銀どのくらいの緩和を行うか、更にヘリコプターマネー政策についてどのような見解を示すか、興味は尽きません。

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